第11夜 頭の悪い男
結構ポジティブだねって言われるのですが、自分では基本フラットに、ニュートラルに、客観的に、を意識して何事も評価しているつもりです。そう考えると、割と人って悲観的な方に寄ってものを見がちなのかもしれませんね。
以下、フィクションです。
3つも年上なのに、なんて頭の悪い男なんだろう。
行きつけのバーで、新人スタッフとして入った彼への第一印象はこれだった。
例えば、関西の都道府県は全部「府」で終わると思っていたようだし、お酒は「苦いのと、甘いのと、その他」程度にしか認識していなさそうだし、敬語だってなっていない。
食べれますか ってなんだ。食べ"ら"れますか だろう。
それと「~すか。」は敬語ではない。
ものを知らないだけならまだいい。会話も散々なものだった。
どういう人がタイプなのか聞いてきた時も
「一緒にいて気を使わない人ですかね。」
「えー、お互いに気を使い合わないで生活したら、絶対ケンカしちゃうじゃないすか。」
「そうじゃなくて、必要以上に機嫌をうかがわなくて済む間柄ってことですよ。話聞いてましたか?」
「そうかわかった。無関心な人がタイプなんすね。ミステリアス専か~」
絶句。一見会話は成り立っているように見えるが、まるで意図が伝わっていない。
「無関心まで行くと嫌ですよ。ちゃんと自分を好きで居てくれる人がいいですね、もちろん。特別な日にはちゃんと好きなものを用意してくれるような。」
「なんだーじゃあ、記念日を覚えられるくらい記憶力がいい人じゃないとダメすね。」
「…うーんまあそういう事でいいです。」
「確かに、同じような価値観で、探り合わなくても、お互いの嬉しいポイントが分かる人だと、長続きしやすいって事ですよね~」
なんだかんだで一応伝わっていたようだ。
こういう所だけは要領のいいタイプなのかもしれない。
他のお客さんとのやりとりを見ていても、相変わらず頓珍漢な返答ばかりしていた。
この店ではあまり見ないタイプではあるので、みんなもの珍しがっているのか、いつもとはまた違う、まあ悪くはないムードではあった。
ゆるいトークと、不格好ではあるが堅実な接客を繰り返す彼を眺めているうちに、いい時間になった。
「次はいつ入ってるんですか?」
「今日が初回で、次のシフトはまだ決まってないんすよ。もしかしたらだいぶ先になっちゃうかも。」
「そっか。まあ、頑張ってくださいね。」
「ありがとうございます!また遊びにきてください。じゃあ、お会計、800円!」
「そんな安いわけないじゃないですか。もっと飲みましたよ。」
「あそっかごめんごめん。。」
そういって、雑多な文字列が殴り書きされているノートを開くと、やけに綺麗な筆跡で記録されている、僕の分の注文を見返す彼であった。
はあ飲んだ飲んだ。
こんな風にスタッフよりお客の自分がハラハラしてしまうのは久しぶりだったな。
あんな調子でこれから先もやっていけるのだろうか。心配だからまた来てやろうかな。。
それにしても、今日は普段よりたくさん自分のことを語ってしまった。
そんな事を考えながら、スマホ画面の白いアイコンを開いてみる。
こういう場面での人間の処理能力にAIが届くのは、まだまだ先になるだろう。
先ほど自分に向けられていたのと寸分違わない、彼の笑顔を、瞬時に見つける。
考えるより先に、タップ。
趣味:天体観測、東北旅行、古着屋巡り
好きな食べ物:寿司、キーマカレー
…
へえ。意外にこういうものが好きなんだ。
そういえば、さっきは自分が話してばかりで、彼の事はあまり聞かなかった。
興味がないわけではなかった。むしろ、上手く自分のことを話してしまうように、誘導されていた感さえ今では感じる。
あれ、あの人、何者だったのだろうか。。
思うのと同時に、彼のプロフィールを熟読するが、読めば読むほどに知りたい事が増えていく。
次会う時は、彼の好きなものを、もっと教えて貰えるようにしよう。
出来れば、お店の外で会える方がいいな。。
限りなく無意識に近い、だがしっかり意思を持ったお決まりの手つきで、メッセージを打つ僕の顔は、文章のテンションに不似合いな、とても人には見せられないニヤついた顔をしてしていただろう。
数分後に来た彼からのメッセージ通知音は、この浮遊感をさらに加速させるに十分なものだった。
その証拠、自分でも気づかないうちに慣れないスキップをしてしまい、結果、足をくじいた。
いやはやほんと、なんて頭の悪い 男なんだろう。