はたまた虚無か

半分は(多分)嘘です。もう半分の半分も(恐らく)嘘です。あとの残りは、おまかせします。(主食はゆでたまごです

第10夜 エイプリルフールの男

人生やってらんない事ばかりだけど、なんやかんやで80年くらいはやっていけるのが人間の強みなのかもしれませんね。それでは、今夜もやっていきましょう。

 

以下、フィクションです。

 

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悪くない、と思った。

日曜日だし予定ないけどどうしようか、となんとなく開いたスマホ画面の新着通知。
特に期待しないものの、まずはこの7ケタをチェック。
内容は、食事しながら共通の作家の話でもしたいです、
という言ってしまえば他愛のないものだった。

先に感じた彼のファーストインプレッションは新宿の街中でも裏切らず、
年相応の落ち着きと、頓着のなさそうなコーディネイト
良く言えば誠実そう、逆を言えば刺激のなさそうな、○にも✕にも振り分けづらさがあった。


三丁目のパスタ屋さんでは、先月出た新刊の話に始まり、
1日一冊以上は読む読書家であること、こういったリアルはそう頻繁ではないこと、
最近は心理学に凝っている、というような情報を聞かせてくれた。

「年下のこんなかわいい子が返信くれると思わなかったから、今日がエイプリルフールだからじゃないかって、疑っちゃったよ」と、大盛りカルボナーラを取り分けてくれながら、唯一こだわりを持っていそうな眼鏡の奥で目を細めていた。
そう言われて悪い気はしなかったが、進行形で彼を「見定めている」思考を止められないことに、少しだけ罪悪感を感じたのを覚えている。


それからもお決まりのコースで、お茶でもしようと近くのコーヒー屋に入った。
二人とも煙草は吸わなかったが、お互い煙は気にならなかったのもあり、喫煙エリアに通してもらった。
そこでも本の話は続き、似たような嗜好の作家の話、とある作家の影響で瞑想にはまっているという話、会社の広報誌に文章を載せた話。共通点と相違点をひとつひとつ確認し合いながら続けるラリーの感覚は久しぶりで、純粋に楽しいと思えた時間だった。

結局終電より1時間早く解散し、路線の違う彼が1.5回、振り返るのを見届けた上で
僕も帰路へ向かった。


明日も早いしそろそろ寝よう、と思った頃、
はかったように通知の音が無音の部屋に響いた。

「今日はありがとう。色々話せて楽しかったです。よかったらまたご飯行きましょう」
よくある定形メールといえばそれまでだが、先程向かい合っていた彼の温度が感じられる文面だった。

確かに楽しかったが、見た目が好みというわけではなく、
服装や小物も自分の趣味ではないなと感じていた。

お腹も少しでているし、どこにでもいそうなフツーのおじさん。
間違っても友達に自慢できるようなタイプでもない。

ここで返信したところで、またご飯したところで、
特に決め手もなくまた他愛ないメッセージを続けるのだろう。

そんな不毛なやりとりを一通りシミュレートし、
来週会う30歳のメッセージに返信して、平常運転の男漁りにシフトした。


眠気が心地いい頃合いになり、日付も変わる直前。

アプリのメッセージ画面に浮かぶ1つのメッセージをぼんやり眺める。

エイプリルフールのこの日、

親指だけが、最後まで嘘をつかなかった。