はたまた虚無か

半分は(多分)嘘です。もう半分の半分も(恐らく)嘘です。あとの残りは、おまかせします。(主食はゆでたまごです

第3話 イケメンとアート

やっと無題じゃなくなったかと思ったら、これまた節操ないことですね。

 

とにかく彼はイケメンであった。それは僕が当時流行っていたゲイSNS上にある彼の写真を集めてはうっとりしていた事実から理解して貰えると思う。

大学生、東北出身、中肉中背でちょっと馬面だがキレイ系。

当時大学生になって一人暮らしをして、初めて本格的に自分のパソコンを持った僕は、前にも増して出会い探しに励んでいた。今思うと当時はそれほど性的な行為に対する欲もなく、だからこそジムに通うなんて発想は雲の上、なかなか要注意な人物であったと思う。(今がそうではない、という意味でもない。)

 

その中で、某掲示板に貼られた横顔を見た瞬間、気持ちとは裏腹に出来るだけ平静を装った文面でメールを送り、それから何度か文章や電話でのやり取りを重ねることに成功していた。

初めて彼に会ったのは、それから数ヶ月後であり、それもその間に猛烈会いたいアピールをしていた自分を見かねた彼が映画に誘ってくれたのがきっかけであった。

 

今思うとこれはアリかナシかで言えば完全に「ナシ」側からの接触であったのだけど、当時の僕はそんな基準もお構いなしの若さがあったし、なにより憧れのイケメンに会えるだけでそうとう舞い上がっていた。当の映画も、東京国際LGBTなんとかのひとつであって、良いチョイスだったのである。

 

見終わった後に彼独自の解釈を聞くにつけ、今まで関わった事のない人種と関わっていることへの一方的な高揚感を感じ、気づけば彼がその後1人で行こうと予定していた森美術館へ同行を申し出ていた。(無論、その時点で1日の前半部分しか誘われていない事実の意味に、僕が気づいているはずがない)

 

美術館を出る時に「気に入った展示のポストカードを買う事にしている」とイケメンの口から聞いて思わず自分も買ったのは言うまでもないし、なんなら帰ってからアパートの殺風景な部屋に、その訳の分からない現代アートポストカードを神棚のような位置に飾った。(もはや教祖的存在だったのかもしれない)

 

そんな彼の歳を追い越して思うのは、あの人も大学で初めて関東に出てきて、美術のことなんかよくわかんないけど、とりあえず華やかな「アート」の世界にあこがれを持っている、という内の一人だったんだろうなあ、という事。それでも自分の人生に芸術というベクトルを放り込んでくれた彼には感謝しているし、その後も軽いホームパーティー的なものにも誘ってくれて、なんだか面白い人脈も紹介してくれた。紛れも無く彼は僕の中のアート(と称されている概念群)の原風景を形作ってくれた人物である。

 

そんなんで、ゲイの世界には比較的遅れて入った彼も、その頃には僕より数段上手くその中での理想を渡り歩いていたように思う。それは彼に外国人の彼氏が出来たことや、趣味の美術館巡りに拍車がかかっていたことからも見て取れた。

 

今ではもう関わりの無いうちの一人ではあるのだけど、あのイケメンと街ですれちがったら、やっぱり二拍一礼くらいしたくなってしまうかもしれない。

 

※余談だが、美術館を学生割引で入場する時に盗み見た国立大学の学生証は、後に僕も4年間同じものを携帯するのであった。それを手にした時の僕の妙な征服感を、彼はもちろん知らないであろう。