第7夜 能の男
楽譜通りの歌が必ずしも美しい歌かっていうとそうではないと思うんんですが、それと同じで文法的に優れてるからといって美しい文かっていうとやっぱ違う。それでもそれでも、美しい文章ってあるんですよねー。はあうっとり。
以下、フィクションです。
鬼才。
そんな言葉が似合う30歳だった。
ブルーのハーフパンツにグレーのTシャツ。
恥ずかしい事に同じ組み合わせで向かってしまった僕を見て
「なんなら靴も揃えようか。」確かに彼はそう言ったはず。
会うよりも1年前、僕は一度メッセージを頂いていたのだが
その時はなにがあったか返信しそびれてしまっていた。
「返信くれて良かったよ。一年待ったけど。」
渋谷区に住む人から時折にじみ出る
そこはかとないApple製品の香りは彼からもした。
そんな洗練された彼と歩いた神楽坂は
一歩一歩が目的地のようで
地図を見るなんて野暮なことはしたくなかった。
それも繁華街が恋しくなって乗った
高場馬場へと向かうバスの中
僕は彼の話に耳を傾け
彼は僕の左半身に身体を傾け。
結局駅が僕らの目的地となり
バスの中で話していた
”能”を見に行こうと約束して
互いに別の電車へ乗った。
口の中では、彼の飲んでいた青りんごソーダの味がした。